20世紀初頭、インスリン発見前夜。
尿に糖が出るなら、いっそ何も食わせるな。
そもそもは18世紀フランスで発想されたって説もあるけれど、それが当時の糖尿病治療最前線のコンセンサス。そこでボストンのアレン博士たちが行ったのが飢餓療法――要するに断食。
現代から眺めて嘲笑するのは容易だ。
コンセンサスによる仮説を立て、それに基づいた人体実験の繰り返しが医学史であり、その結果の集積がエビデンス(科学的根拠のある医療)となっていく。
インスリンが分泌されていて抵抗性が高い2型病態には効果があったが、1型の方には当然無理。骨と皮にまで痩せながらも多尿(蛋白質、脂肪分解による)が続き、最後はケトン体の毒性による(ケトアシドーシス)昏睡で死亡。
1日300kcal(牛乳3本!)指導で、体重20kg! 悲惨。
それでも多少は延命効果があったからこそ、16歳のエリザベスちゃんは、ぎりぎり1928年のインスリン発見に間に合った!
山崎「感染症に苦しめられた年代の人間からすると、やはり医療に対する期待感があります」
養老/山崎対談で山崎さんが言うように、現代の私たちは科学の進化で、多大な恩恵を被っている。しかし、それが始まったのは、ほんの100年余り前からでしかない。感染症など、敵対する生命体を排除する手法や、壊れた部品を取り替えるなどごく一部を除けば、わからないことの方がまだまだはるかに多い。だから養老さんの醒めた発言が出てくる。
養老「今は医療が過大評価されすぎている」
真理は、多数決では決まらない。誰もが認めコンセンサス成立と思われても、間違っている場合がある。
典型は天動説の崩壊。「それでも地球は回っている」
とはいえ、何の根拠もなく命を扱うことはできない。疫学はどこまで行っても推論でしかなく、確定的事実の証明にはならないとしても、それをエビデンスとして、リスクを横目で見ながら人体実験を続けるしかないのだ。
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