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2012年12月31日 (月)

12月の結果報告

 寒くなって……やっぱり食っちまうしょうもない食生活。体重の増加はないんだけど、汗をかくほどの部署でもない。ううううん、微妙。

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2012年12月15日 (土)

12月の途中経過

201212half
 どうにもなりませぬ。
 なるようになるわ(´ヘ`;)

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スパゲッティぎらい

えいりあん・めもらんだむ

 チューブに繋がれて生きるのは嫌だと言う人が居る。
 機能を補助するたくさんの管とケーブルに繋がれた重態患者の姿を見て、不自然だ残酷だ可哀想で見ていられないと言う人が居る。

 尊厳死を宣言(Living Will)している人も居る。

 たとえば、癌末期(おとなしいタイプではない癌で、他臓器への遠隔転移が複数ある第IV期)で抗癌剤治療を拒否してホスピスケアを選択する、とか。

 そのイメージするところは、よくわかるよ。

 実父が癌で亡くなる前、どこまで延命処置を施すか主治医と相談して予め決めたのは、ほかならぬ私だから。実母が入院中、脳梗塞の再発作を起こしたときに、主治医からかかって来た電話に昇圧剤は使うけれど人工呼吸も心マもしない等々返事したのも私だから。

 尊厳死の宣言書は「私は、私の傷病が不治であり、かつ死が迫っていたり、」と始まる。

 癌末期とか大規模な脳梗塞とかは、まあ確かに「不治であり、かつ死が迫っている」と言っていいだろう。

 とはいえ、壊死した脳容積が100 cc以上という大きな梗塞巣を抱えた実母は、6年半経った今も生きているんだけどね。それもアンチ・チューブ派には忌み嫌われる胃瘻を造設して。実母は、胃瘻を通しての栄養で4年間命を繋いだ後、口から食べることを思い出して、今では100 %経口摂取だ。(「チューブで栄養を流し込んで生かし続ける」というイメージだけで胃瘻に反対する人たちに言いたいことは、どらねこさんちでコメントしたから、ここではもう触れない。→どらねこさんの胃瘻栄養に思うこと胃ろうは全廃は望ましいことなのか?

 しかし、数多くのチューブに繋がれることが起こり得るのは、癌や脳血管障害のような先の経過が読める病気の末期ばかりではないのだ。

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