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2010年4月30日 (金)

コーン・イン・ザ・USA―――『雑食動物のジレンマ』に寄せて

えいりあん・めもらんだむ

 アメリカ人の身体はトウモロコシで出来ている―――

 マイケル・ポーランは3部構成の著書『雑食動物のジレンマ―――ある4つの食事の自然史』の第一部、訳書にして140ページを費やして、この命題を証明する。

Dilemma

 肉じゃないの? アメリカ人って牛肉たらふく食べるんでしょ?

と思ったアナタ。牛に与えられる飼料がトウモロコシなのですよ。

 小麦じゃないの? アメリカの主食はパンでしょ?

と思ったアナタ。確かに主食は小麦のパンなのだけれど、現代アメリカでは主食以上に多くの加工食品が消費されていて、その加工食品にはコーンスターチやコーンシロップが大量に入っているのですよ。ちなみに日本の食品成分表示では、コーンシロップは「ぶどう糖果糖液糖」やら「異性化液糖」やら。これらの言葉は、お馴染みのはず。

ご注意:このエントリはマニア向けです。意味不明の単語はスルーしてください。

 トウモロコシと、米や小麦の光合成は少々違っている。光合成によって空気中のCO2から炭水化物を作る時、最初に炭素(C)を4個含む炭水化物を合成できる植物をC4植物、Cを3個含む炭水化物を作る植物をC3植物と呼ぶ。トウモロコシは代表的なC4植物であり、米や小麦はC3植物である。
 そして、炭水化物に含まれる炭素(C)の安定同位体比率を測定することによって、その炭水化物がC4植物由来かC3植物由来かを判別することができる。
 サンプルが牛肉であっても。
 人体であっても。

 そんなわけで、体の組織や毛髪の炭素同位体分析結果によると、

歩くトウモロコシ加工品。それがアメリカ人なのだ。(上巻 33ページ)

 なぜトウモロコシなのか。
 答は簡単。およそ最高効率で炭素固定してくれる植物だから。無料の太陽エネルギーを使って(=光合成で)、CO2の炭素を炭水化物という食べられるエネルギーに転換してくれるありがたい存在だから。

 かつて、アメリカのコーン・ベルトに住んでいた。
 山どころか丘すらない真っ平らな土地で、冬は北極海から、夏はカリブ海から、何にも遮られること無く風が吹き荒れる所だった。自然の林は、川と湖の周囲にわずかにできるのみ。耕作されない土地に生える雑草すら丈の低いものばかり・・・乾燥と風のために、草は高く伸びられないのだ。秋になるとそれが風に吹かれて転がっていく。夏の最高気温は40℃、冬の最低気温は-30℃。
 そんな厳しい気候の土地の暑く乾いた夏に、トウモロコシは生い茂る。見渡すかぎり、地平線まで。

Corn_field

 







←地平線まで続くトウモロコシ畑。
 これは、作付け前の風景。
 枯れた葉や茎がこれから鋤き込まれて、この年の作付けが行われる。

 本書によると最近はトウモロコシの単一栽培が多くなったようだが、当時は大豆との連作が行われていた。

 トウモロコシと大豆。炭素固定と窒素固定のチャンピオン植物の組み合わせ。
 私がIGT(耐糖能異常)でなかったなら、きっと、この夏はトウモロコシと大豆で暮らそうと決意しただろうと思う。今も大豆の恩恵には充分すぎるほど与っているが、糖質を食べられるのならトウモロコシもありがたい食物である。

 しかし、この本の読者の大半には、トウモロコシは悪の化身に見えてくることだろう・・・。

 問題はふたつ。

 アメリカにおけるトウモロコシの生産は、化学肥料の大量投入によって実現されているということ。化学肥料は空気からの窒素固定によって作られる。高温・高圧のプロセスで。つまり、肥料生産工程には大量のエネルギー投入が必要。石油とか石炭とか天然ガスとかの。

 窒素固定法の出現で、食物連鎖は生物界ではなく工業界の理に従うようになった。太陽だけに頼っていた時代に代わって、人間はこのときから、石油をすするようになったのだ。(上巻 62ページ)

# しかし、この著者、ハーバー・ボッシュ法を知らなかったなんて、モグリだろう! リベラル・アーツ教育重視とか言っているわりに実はとても偏っているアメリカの大学教育の正体を暴露しているわね、なんて突っ込み箇所が満載なもので、この本を読了するまでにはえらく時間がかかってしまった。

 もうひとつの問題は、トウモロコシを牛に食べさせること。
 あまりにも大量に生産され、生産規模の拡大がなおも(政治的、ビジネス的に)止まらない/止められないトウモロコシの供給量は、とっくに人間が食べる量を越えている。生産されたモノは消費されなくてはならない。というわけで、アメリカのトウモロコシ生産量の約6割は飼料となって家畜に与えられる。
 牛は本来、穀物を食べない動物であるにもかかわらず。

 植物を食べる動物は、炭水化物からタンパク質への栄養素転換装置である。

 もともと穀物も食べる鶏や豚に、餌としてトウモロコシを与えることは問題ない。
 しかし、牛は草食動物。ヒトには消化できない牧草を、牛のような反芻動物は第一胃中の共生細菌の力を借りて消化する。そこに、本来は食べないはずのトウモロコシが侵入する。長く続けたら、牛は病気になる。だから予防のために、抗生剤が与えられる。牧草などよりずっと高カロリーのトウモロコシが餌だから、牛の成長は早いし、筋肉にも脂肪が入った霜降りが若くして出来上がり、病気で死ぬ前に出荷できる。
 エネルギー集約投入による生産期間の大幅短縮。これが穀物の種籾から収穫後の物流、食品や飼料への加工までを支配する穀物メジャーのビジネス。
 かくして牛肉は庶民の口に入るようになった。日本でだって100グラム98円で買えたりする。

American_cow

 牛の飼料にタンパク源として加えられた肉骨粉が狂牛病の一因であるということから、これを牛に与えることは禁止された。肉骨粉を牛に食べさせるということは、もともと草食動物である牛に、強制的に肉食させること、それも共食いをさせることであった。しかし、肉食でなければよいというものでもなかったのだ。草食の反芻動物に穀物を与えることも、種の強制的な改変ともいえる所業だったということを、私は本書で始めて知った。まあ、品種改良とも言うが。

 余談だが、亡くなった親族の脳を儀式として食べるニューギニアの部族にもクールー病という狂牛病とよく似た病気がある。共通項は、共食いである。
 最初に人間への狂牛病感染が問題になったのは、1993年のイギリスにおいてであった。なぜ牛からヒトへの感染が起こりえたのか。最近提示されたある仮説がある。イギリスの牧場で使用された肉骨粉原料は、インド大陸から来ていた。そこでは川に流された動物の死体が、下流で拾い上げられ肉骨粉工場へ持ち込まれていた。時には、人間の死体も流れて来た。人間由来の組織が肉骨粉となり、それを与えられて育った牛を食べたイギリスの牧場関係者が発病したのではないか―――。
 人間はすでにソイレント・グリーンを食べていたのだ。

 結局、人間のやることがおかしいのか? 菜食主義者しか生きていてはいけないのか?

 『雑食動物のジレンマ』第二部では、ひとつの理想的な解が示される。牧場を区画分けして、ある区画の牧草を牛が食べ終わったら、次の区画へ移すという輪牧。牛が移動した後の区画には鶏が放される。鶏は牛が食べなかった草と、それから牛糞の中で孵った寄生虫を食べる。特筆すべきは、この関係は植物側にとってもプラスになるということだ。動物に食べられることによって、種が運ばれ広い地域で発芽できるのみならず、踏み荒らされることによって土が耕されたり、水溜りができたりすることも、牧草の生長に有利なのだという。
 だから、動物は居てよいだけではなく、必要なのだ。草食動物を食べて間引く人間も。

 サイレント・ランニングはハッピーエンドではなかった。人間が居なくなったドームは、ロボットと植物だけで永遠に回り続けると信じた若くナイーヴな自分よ、さようなら。地球の植物相だけでは、持続可能なサイクルは作れない。

 広い複数の牧区に、豊かな牧草、牛に鶏に豚。そんな牧場が、近隣の町ひとつをようやく養う。―――まあ、日本で実現できるとは思えない。すでに人間は増えすぎているのではないか。

 第三部で、著者はもうひとつの解を追求する。
 自給自足。狩猟と採取。ワイルドピッグを猟銃で撃ち、キノコ狩りをしてその収穫で食事を作ってみるのだ。日本なら、魚釣りや山菜採りという選択肢もあるだろう。
 しかし、これも理想論にすぎない。毎日できることではないのは、著者も承知。

 かくして人間は、およそ何でも食べられる雑食動物であるがゆえに、何を食べるのかという問題に日々直面しなくてはならないというジレンマを抱えることとなった。
 そう考えてくると、「血糖値を上げ過ぎない食事」という確固たる指針を持つ耐糖能異常者たる我々は、ある意味恵まれているのかもしれない。

 とはいうものの―――。

 カーボを摂るのは米か小麦か砂糖から。「ぶどう糖果糖液糖」入りの加工食品なんて買わないし、牛肉もたまにしか食べないんだもの、アメリカの穀物メジャーのビジネス戦略なんかとは無縁さ、と思ったアナタ。

 甘いのだよ。

 エリスリトールだって、トウモロコシから作られている。

copyright (c) 2010- えいりあん
 転載厳禁。引用の際は、ブログ「血糖を管理する日々」に言及の上、リンクを張ってください。

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コメント

 大作お疲れ様です。
 月曜のある新聞記事に、湯沸しが瞬間沸騰したけど、調べれば調べるほど、おとな(´ヘ`;)の事情が見えてきて、振り上げたこぶしのもって行き場に困っております。
 ただの愚痴じゃアップしても意味がない……って、それを悩んでいる自分がアホらしい(´ヘ`;)

 穀物メジャーのビジネス戦略……あまり気分は良くありませんが、生産性の向上でより多くの人類の生存が可能になったのもまた現実としてあります。
 身体的健康、及び、精神的健康とは別次元の話ですし、狭い地球をヒト族に占拠されていくばかりの他の生命体の幸福はどうなるの? 
 あれこれ考えると……まあ、勝手にして(´ヘ`;)
 そんな風にやさぐれるしか道が見えなかったりします。
 ストレスは血糖管理上よくないわけで、欲望にシンプルに従うなり、管理者に従って檻の中に閉じこもる方がお気楽だってのに、こんなことを考えるはめになるのも……つまりは「それが人生」ってことでしょうかね(´ヘ`;)
 ああ、疲れる……さ、月が代わったから、甘味しましょ。
 うふ。

投稿: YCAT | 2010年5月 1日 (土) 00:26

>生産性の向上でより多くの人類の生存が可能になったのもまた現実としてあります。

 そうなんですよね。
 ハーバー・ボッシュ法は偉大な発明で、これがあったからこそ人類の人口爆発を支えきれたわけで。

 私のローカーボな食生活に対して、「アフリカの飢えた子どもたちに申し訳ないと思わないのか?」とよく夫に言われます。自分でも申し訳ない、と思います。・・・でも、やめないけど。
 カーボは安価でわりとクリーンなエネルギー源なのだから、耐糖能正常者だったら喜んで食べるのに。

 ゼロカロリーゼリーやサイダーなんか非難轟々ですよ。エネルギー不要なら食べなきゃいいだけだもん。それなのに食べるのは、単に口さびしいから。要するに、心理的満足のため。そのために通常品より高いお金を払うなんて。・・・でも、買うけど。
 別にカロリーはゼロでなくていいんだけどなあ。カーボゼロなら。

 そんなこんなで、昨夏の一時期、高脂質食に挑戦してみたけれど、残念ながら私の場合は、胃が耐えられませんでした。それで結局高タンパク食。元々、鶏肉が好きなのと、おからは安いので、あまり罪悪感は感じずにすみます。
 でも、朝や運動前にカーボを食べるたび、カーボって胃にやさしいと実感します。


 エコやらマクロビ派の人たちがこの本を読んだとしたら、きっと、食料供給を工業化するからいけないとか加工食品は駄目とか言うのだろうけれど・・・、そしてそれは本質的には正しいのかもしれないけれど・・・、すでにここまで増えた人口を飢えさせない代替方法論を提示できなければ無意味だと思います。

 ただ、牛に穀物を食わせるのはやめてほしいなぁ。私は霜降りより赤身やスジ肉のほうが好きだし。でも、生産者にしてみれば、出荷までの期間が短縮できるメリットが大きいというのは充分に理解できることだから、牧草肥育の肉が欲しいというのはもはや贅沢なのかしら。

投稿: えいりあん | 2010年5月 2日 (日) 11:45

YCAT様、えいりあんさんこんにちわ、めしのです。今頃のコメント失礼します。

>穀物メジャーのビジネス戦略
戦後、日本人に、パンと肉を食べさせることに成功し、大量の穀物(小麦とトウモロコシ飼料)の売り込みに大成功していますね。その大量の穀物を食べた、人と家畜、両方にサシ(脂身)が入り、人は、糖尿病に、家畜は、美味しくなりました。
人は、病気に成るのに、家畜は健康なのでしょうか?。

>出荷までの期間短縮
それもありますが、牧草牛はサシが少ないため、組み合いを通じて売ると、買い叩かれるため、別の販売ルートを、見つけなければならないようです。

投稿: めしの | 2010年5月30日 (日) 18:18

>めしのさん

>人は、病気に成るのに、家畜は健康なのでしょうか?

 トウモロコシ飼料を食べる牛は、病気になりやすいそうですよ。
 本来草を消化する第一胃はほぼ中性なのに、トウモロコシを消化させると酸性になるから、胃炎を起こすとか、トウモロコシ飼料で肥育できるのはせいぜい150日程度でそれ以上食べさせると病気になる、といった記述が、『雑食動物のジレンマ』にはあります。

>サシ(脂身)が入り、人は、糖尿病に

 ただ、こちらはどうでしょうか?
 脂肪肝になると肝臓のインスリン抵抗性が上がってよくないのはわかります。
 でも、腸間膜にはある程度脂肪が必要だと思うのです。脂肪細胞はホルモン分泌器官でもあり、またその重量で肋骨等の強度維持を図るという働きもあるのですから。
 私は、内臓下垂を起こすと警告されるレベルまで内臓脂肪を減らしましたが、空腹時血糖値も耐糖能もHbA1cもちーーっとも影響されませんでした。それで、脂肪悪玉説にはちょっと懐疑的です。

投稿: えいりあん | 2010年5月31日 (月) 22:56

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