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2005年5月 3日 (火)

『医者に遠慮する患者は長生きできない』

7番診察室・・・糖尿病専門医のつぶやき:理想と現実の狭間で・・・いつも思うこと。.

患者さんが教えられた情報の通り行動するより、情報を分析して自分の体験から学んだことと比較しながら修正を繰り返していくことが本当の自己管理と思います

 現代の『医者』は、『先生』でもなく『お医者様』でもなく、いわんや『神様』でも『魔法使い』でもない。ただの『専門家』である。もちろん、年上であれば先(きに)生(まれている)であるし、その道に詳しい人という意味で、医療については先生であるから、必要な敬意は絶対払うべきだ。しかし実際のところ、偉い人は表向きは奉り陰でけなす風習が、依然なくなっていない。情報不足で、自分の命を全部ゆだねるしかなかった時代の名残だろう。
 
nakahara――日本人は、はっきりものをいわない「以心伝心」の関係に価値をおく国民性があり、医者はこれを自分たちに都合よく利用してきた。
――科学的根拠に乏しい健康情報に振り回されるいっぽうで、医療不信が広がっている。
 中原英臣著 2005/3河出書房夢新書
『医者に遠慮する患者は長生きできない』
 
 代謝先生のような誠意のある方も増えてきているが、なにせ皆さんお忙しい。3分で何を説明できるというのだろうか? 診察を受けるたびに気の毒になる(´ヘ`;)
 生命を預る<倫理>の重荷は、多少の金銭に代わるものではない。結果的に高収入になったとしても、あたしはなりたくない。
 <未来>を預る教師もいやだけど……。
 
 目次とそこへの簡単なコメントです

1-診察室で、まず医者に何をどう訴えればよいか

 医者は、まず第一に同じ人間だということを念頭に置くべきである。ここに書かれているコツは、あらゆる伝達活動と同じだ。ネットもそうだけど、中原先生、困ったチャンには、相当悩まされてきてウンザリしている。
 小児、高齢者医療の問題は切実なようだ。昔は家族の誰かが、間に入って交通整理していたんだろうね。

2-満足いく説明を受けるために医者に尋ねるべきポイント

 ここも結局はコミュニケーションの問題。<とりあえず>の危険性が強調される。
 メール文化が入ってきた時、文章にする癖がついて日本人の思考が論理的になることを期待したのだが、携帯メールで文章まで感覚的――つまりは曖昧表現になってしまった。元々人の話を聞くより、聞きたい話だけを聞くのが習性だとあきらめるしかないのか。

3-"医者まかせ"にせず納得の医療を自ら選ぶ知恵

 患者側の主体性のなさを嘆きつつ、その原因が基本原理の説明不足からきていると指摘している。酒やめろ、太るなと指導に熱心な人は多い。わかっていてできないから病気になるわけなのに。古い標語「一億総火の玉」時代からまるで進歩してないのは、前例踏襲主義の行政が、敗戦の時温存されたせいかもしれない。

4-言いにくい、医者への不満、どう解決するか

 P110 患者/医者それぞれの不満リストはまったく納得。あと一歩ずつ歩み寄れれば解決するのに、今の日本では「月に歩いていけ」同然かもしれない。

5-信頼できる医者・病院の本当の見極め方

 甘味好きの私は歯科とつきあって40年になる。30年前東京に来てからもあちこち通ったが、たまたま中原さんの言うような先生に出会い、もう25年通い続けている。勤務先も自宅も変わり、一時間かかるが他へは行かない。「歯科医は過剰だし、患者さんも信用してくれないから説明するんだ」そうだ。残念なことに、痛みがなくなったらサヨナラの患者さんの方が多いらしい。年は同じでも、大事な<先生>である。「全部残っているね」と感心しないでほしい。これは全部先生のおかげである。

6-クスリのもらい方、飲み方 これだけは知っておきたい

 阪神大地震の記事は初耳であった。恐ろしい話である。
 薬をもらいに来た人に渡したくても、ボランティアの医師たちは渡しようがなかったというのだ。解熱剤や特定の抗生物質のような対症治療薬ならともかく、高血圧や糖尿病の薬は、名称と必要量がわからないと、毒薬になってしまう。
 この時からやっと名称と薬剤の含有量が明記され、その説明書が指導料として医療報酬になったそうだ。遅すぎる。
 

E-患者のあなたが変われば医療はもっと良くなる

 ウィルス学について、わかりやすい解説書を書いている中原先生が、臨床系でどのような立場にいらしたかは存じ上げない。想像できそうだがやめておこう。
 患者側は知るべき情報を、医療関係者の持っている情報すべてを吐き出させるくらいの気持ちでちょうどいいインフォームド・コンセントになるのだ。そのためには、とっかかりの部分くらいまでは、勉強しなくてはならない。
 やっぱり<任せて……>となるのだろうか? 
 ……部分は、『安心』ではない。『適当にやって』となるのだが……。

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 私は患者の皆様にいろいろなお話をさせていただく講演の機会を頂きますが、御自分の身体と病気のことに興味を持たれて具体的に管理されている方々にめぐり合うととても嬉しくなります。私は自己流!が必要と思っています。糖尿病と生きていくというのは、人生そのものであると思います。私たちも勉強させていただいていると思います。これからもいろいろな御意見をお聞かせいただけると幸いです。
 我々は糖尿病の情報を提供することが主な仕事で、コーディネート役であり、援助者であると思っています。皆さんのQOLが維持できるように正しい情報が提供できるように、結果として良い人生になれますように自己管理を方向付けることが出来ればと思います。私を含めて多くの専門医が「一方通行の医療」には限界を感じています。上手に医師を利用!していただきたいと思っています。

投稿: 代謝先生。 | 2005年5月 4日 (水) 08:26

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