« 悪いことはすぐ露見 | トップページ | 人体実験 どこまで対応可能? »

2004年10月23日 (土)

コンビニ弁当の恐怖

 Tさんより電話あり。旅行中にも留守電が入っていたんだけど電話できずにいたのだった。
「自宅へ戻って食生活が安定して、数値がすべて元へ戻った。女房は馬鹿にできんねえ」
 ふむむむ。
 ――日記より。

 Tさんは、今の業界に入ってから、散々お力を貸してくださった方。実務的には、こっちが面倒をみたようなものだが、他に代わりがいくらでもいる私の力と違って、この方抜きでは、どうにもならないことが多かった。
 足を向けては、絶対眠れない人なのである。
 

 いろいろあって、半年ほどお一人で暮らす事態が発生。
 75歳になるが、私などとは違い、酒もタバコもやらない。完全な健康体だったはずが、コンビニ系の惣菜中心の食生活になったら、血圧が上がってどうも調子がよくない。
 測定してみると、血糖値が170。彼にしては異常な数値だった。
 血糖測定器を持っていると、年寄り仲間では実に重宝する。
 カロリー管理の概念など持ってらっしゃらないから当たり前の話だが、何も考えずに出来合いの惣菜で暮らすと血糖管理上最悪の結果となる証明のような話である。普通の販売店は、エネルギー消費の多い人をターゲットにしている。それが一般多数である以上何の不思議もない行動だ。少数者を大事にしろというのは、絵に描いたモチでしかない。
 働く人が主役である以上、力を出せるよう塩分は多めになる。ついでに安くなければいけないので、野菜は根菜類はあっても、製造上管理が厄介でコストアップになる葉ものは入っていない。これも血糖管理上は困る点である。

 教育入院時、外食のカロリー分析授業を思い出す。
 必要摂取量の澱粉類(糖質)の一食あたりの基準量は、炊き上がった米――いわゆる<ごはん>で50gを一単位(80kcal)として、三単位150gである。個人ごとの体格や病状によって数値は変動する。
 ところが管理栄養士の方の調査によると「普通の販売では、テイクアウト、イートインの別なく五単位が標準である」
 250g。これはどんぶり飯の量である。実際に出前で取った親子丼。その具をどけるとそんな感じだ。コンビニで買ってきた幕の内弁当のごはん。見た目は、どんぶりの半分くらいしかない。
 ところが、その場で患者が計ると、見事に250g前後となっていて驚くオチである。
 弁当ものは、ぎゅっと押しつぶされているから、見た目では少ないように見えるのである。おにぎり、御寿司も見た目では重量の確認が難しい。

 なぜそうなるか?
 大多数を占める健常人が要求する量だからである。この量以下であった場合、普通の飲食店は、やがてつぶれるそうだ。生き残るには、ダイエット専門や高級料理店などでの差別化が必要。
 閑話休題。
 何をするにもコストはついて回る。提供される食材をリーズナブルに摂取するためには、個人個人が自己管理するしかないのだ。管理栄養士や調理師を、個人的に雇える人は限られている。国家がやろうとすれば、税金は無限大に増加するだろう。
 とはいえ、75歳である。いまさら全部勉強しろとも言えない。それでもどうすればいいか電話してくる姿勢が好きで(人間いくつになっても勉強だ)いろいろ説明をしてきた。これで、その心配がなくなった。やっと安心できる。
 
 
 

|

« 悪いことはすぐ露見 | トップページ | 人体実験 どこまで対応可能? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95944/3699580

この記事へのトラックバック一覧です: コンビニ弁当の恐怖:

« 悪いことはすぐ露見 | トップページ | 人体実験 どこまで対応可能? »