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2003年1月18日 (土)

有史前:自覚して放置1

 この所の調子通り、コーラをがぶがぶ呑み、車内で、体調の話題になり、左手の痺れを告白すると、糖尿病じゃないかと、うるさいことうるさいこと。
 ま、忠告だわね。
 2月になったら、どっちにしろ医者へ行かねばね。
 ――日記より。
 
 

 知人に頼んで、成田空港から長野県駒ヶ根までハンドキャリー。
 急いで生産してもらった部品をタイから空輸。それを乙仲業者から引き取って、モジュール生産拠点まで持ち込み。そこでアセンブリしたものが大阪のデジタルカメラOEMメーカーに納入され、さらにアセンブリされて、エンドユーザーであるカメラメーカーへと納入される。
 発売予定は3月初旬。
 通関後の発送で2日程度遅れるだけなのだが、ここで遅れると市場投入は下手をすると半月以上ずれる。
 利益どころじゃない。赤帽輸送費などどこからもでないアホな話である。
 
 一年間、日記にはろくに病状の記述がない。
 トイレは近いしのども渇いていたはずなのに、それどころではなかった。12月に入ってからここまでタイへ三往復している。いずれも二泊四日の強行軍だ。まったくよくも体が持ったものである。
 通関が休業中の正月に行った時は、ホテルの冷蔵庫を全部空にしてしまった覚えがある。割高なのだが買ってきた飲料水を全部呑んでしまったからだ。
 糖尿病が怖いのは、ここまで血液状態に赤信号が出ていても、特に日常生活上支障がないことである。
 たぶん普通はこの段階で、腎臓が壊れるか、網膜が崩壊するか、免疫系が壊れるかするのだろう。塀から落ちなかったのは、血圧が低かったからとしか思えない。単に、ついていた(^!^) そういう考え方もあるかもしれないが。
 左手の指二本のしびれは消えないままだったが、実は他にも症状がでていたことが勉強してみてわかった。医学は着実に進歩していたのである。知らぬは素人ばかり也。
 日記には書いていなかったが、このとき知人が言った言葉は少し応えた。
「あのなあ、糖尿病が怖いのは、すぐ死ねないことだぜ。あちこち壊れてみんなに迷惑をかけて生きつづけるんだ」
 なんとおぞましい。

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